慶長20年(1615)豊臣と徳川の天下を分けた決戦大坂夏の陣を生き残った豊臣方のキリシタン明石全登(あかしてるずみ)は豊臣秀頼の遺子国松と共に落ち延び、過ってキリシタン大名高山右近が治めた播磨の国明石へ潜伏した。
一方、徳川家康の天下が定
まった西国の要、播磨の国では、円明流の剣豪宮本武蔵が、姫路藩城主・本多忠政に招かれて藩道場で稽古をつけていると、支藩の明石領内でキリシタンたちの暗躍が始まっていると知らされ剣豪武蔵は立ち上がった。
豊臣再興、キリシタンの天下を目的に明石全澄率いるキリシタンは、明石を治める小笠原忠真家を揺るがす明石の乱をおこす。明石全澄はサタン率いる五大悪魔の力をかりて不死身の巨人たちを率いて反乱をおこすのだが、沢庵和尚の力をかりて魔封じの刀、了戒を手にいれた宮本武蔵が撃退した。
それから20年の歳月が流れた――。
2章島原の乱――。
島原の乱を率いた豊臣秀頼の子、国松の遺児、天草四郎は、島原の伴天連弾圧に耐えかねた農民を率いて決起する。
それを、徳川将軍家は最後の豊臣との決戦として討伐の軍をあげて対応した。
しかし、天草四郎は先の明石の乱でベルゼブブの悪魔の種で生まれた悪魔の子、並みの人間では太刀打ちできない。しかも、その部下に主君に殉じて殉死したはずの剣の使い手宮本三木之助も含まれていた。
農民の苦悩と、剣の高見を目指す運命の対決、宮本武蔵は立ち上がった。
3章「運命の双子」
明石の乱、島原の乱と、二つの伴天連との戦いを乗り切った宮本武蔵は、今は、小倉小笠原家を成長した養子宮本伊織に任せ、自己は熊本藩の細川家へ身を寄せた。
熊本での武蔵は、悪魔に翻弄された娘、ジュリアお玉の運命の双子をかくまった。
熊本細川家から運命の双子と武蔵最期の戦いが今、幕を開ける!
折りたたむ>>続きをよむ最終更新:2020-06-17 00:00:00
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